[5-06]一人娘だから
あらすじ
「いるもん!! 姉様はッ、いる――!!」
花畑脳・ココアちゃんが見た夢は……。
夢は起きて見るんだとあの人は語っていた宵闇の6節。
スタート!


――行かないでよぉ!!
…………。

帰ってきてよぉ……!1
…………。
何度。
何度、叫んだことだろう。泣いて、お願いして……。
そうすればパパもママも、お願いを聞いてくれた。そうすれば現実は変わるんだと学んだから。だけど。
それだけは――どんなに声を上げて、泣き喚いても、叶うことはなかった。
理由は、こうだった。
「存在しない人を用意することなんてできるわけがない」から。

…………? なに、それ……? おかしいよ――
だって、覚えてるよ。
あの温もり、繋いだ手の真夏のような温度。
私が小さく困っていた時には、泣くより前に、こっそり助けてくれて……というか、そうやって来てほしいから、手を繋いでほしいから、私は困ってたんだから。
思えばすっごい恥ずかしい……でも確かにあの頃何よりも大事にしていた日々の総て。それら一切が、幻想の類いだって言うんだ。
何故なら、私は井伊の一人娘だから。

……普通に、普通にいたじゃん――
今だって、テレビに時々映ってる。
沢山の厳つい人達に囲まれて、それでも一際強い温度を放って、見る人達全員の目を奪う。とてつもなく強く、凜々しくてカッコいい。
そんな、遠くに……あんな遠く、に――

……どうして? どうして、そんなところにいるの?
泣いても。

どうして、私のところに、帰ってきてくれないの……? 私、嫌いになっちゃったの? 私が、迷惑ばっか、かけたから……? パパとママに、嫌われてたから――?
乞うても。

お願い、戻ってきてよ、パパもママも知らないって言って聞かないの、有り得ないのに、姉様はちゃんと、いるのにッ!! 姉様が帰ってこないと、どうにもならないよ――!!!
……変わらない。
姉様の存在しない日々は、変わらない。

……………………

……違う。
違うッ。
違う、違う、違う、違う違う違うッッ――!!

いるもん!! 姉様はッ、いる――!!
それだけは……何があっても。

パパにもママにも、誰にも譲れない!! 譲らないッ…!! 姉様を……連れ戻すんだ……私が……
そう、何をしてでも……どんなことが、あってでも。

誰もお願い、聞いてくれないなら、私がッ! 私が――
――パチンッ。

…………?
……ココアは突然の刺激に襲われ、一気に目を覚ました。
目を開けると、見慣れない暗い天井。いつもと違うお布団の感覚。
そして左のほっぺたにねじ込まれた誰かの素足。

ごがああぁあああああああああ、ぶおおぉおぉぉおおおおおおお(←安眠)

…………
取りあえずテキトウにこの足をどけて、ココアはもう一度お布団に入り直した。
……………………。

どぉおおおおおおお、でえぇええあああぁああああ(←安眠)

…………
ココアは諦めた。
目も暗さに慣れて来ちゃったので、こっそりと周りを起こさないよう身体を起こし、寝室空間から脱出する。それから、何となく玄関からこのログハウスのベランダに出て、夜の黒い海と磯っぽさ全開の風に身体をテキトウに預ける。

……どうして、今そんな夢見たかな
寝起きのココアはそれにしてもローテンションだった。
さきほど回し蹴りを喰らった左頬に手をあて、ボーッと見えない海の先を見詰めていた。

……痛い、ようなそうでもないような。まぁ、気のせいだよね。でも明日、ツララ先輩には文句言ってやろ
ふふ、と少し笑い。
それでもぼやけた思考回路は働かず。無為な時間は続く。

――黔驢之技
1つ、覚えた四字熟語を口にすることで、意識は動き出す。
ボーッと一点を見詰める作業は終わりにし、取りあえずココアは夜のビーチを見渡した。

あの時はパパとママが出張中だったからまだ良かったけど、あの夜のダンベルはほんとに怖かった……――ってあれ、あれダンベルじゃん
そうすると、遠くの砂浜に人が立っているのがわずかに分かった。
そして、そこに立つのは――


ダンベル……に……ウミナリさん?
珍しい組み合わせ。何してるんだろう、と完全に興味を持ってかれていたココア、その背後に。
それは現れた。

ヴヴヴヴ――

え?(←肩を掴まれる)

ヴヴヴヴヴ

……………………
「そういえばユサさんも相当寝相悪かったっけ」といつぞやのクラスメイトお泊まり会の記憶が呼び覚まされたココア。
呼び覚ましたところで最早どうしようもない程の腕力で、ログハウスの中へと引き摺り込まれていく。

ゆ、ユサさん……? また、寝惚けてる……!?

鍋の材料、逃げるナ。全部跡形もなく煮込んでヤる(←寝言)

ぎゃあぁああああまた地獄鍋ぇええええ……――!?!?
結局煮込まれココアが夜の砂浜の2人を見届けることは叶わなかった。