[6-09]私の一番大切な人なんだ

あらすじ

「信頼できるのは過去――すなわち事実のみです」

有り得ないデートの〆。まぁ当人同士が納得してるなら良しとしましょう。

6話9節にてデート終了、そして次回でラストです!

スタート!

――そこは、公園だった。

最初にも公園は堪能していたが、この場所は無料で立ち入ることのできる、公的な土地。

しかしそれ以上に、その公園が持つ価値は他とはかけ離れているものだった。

その名は。

「金閣慰霊記念公園」

ユラ

…………

タマ

…………

そこは人が好き好んで堪能する場所ではないし、デートスポットなわけもなし。

そういう意味でも極めて静かな空間を歩き……2人は、ある石碑へと辿り着く。

この公園の核といっていい場所。そこで止まる。

ユラ

……思ってたより、小さいな……

タマ

…………

慰霊碑はそれほど大きくない。刻むべき名はそう多くないからである。

だが、関わりのあった者には当然その大きさなど関係無く、ただそこに名前が刻まれていることに、そこから自身が何を想起するかに意味や価値を見出すのだろう。

だから、ユラは此処を選んだのだろう。

ユラ

……初めて、来ました

タマ

……

ユラ

今日、初めて。驚き呆れるでしょう? 実の娘が……大好きだったはずの人を、あれから一切慰めなかったというのだから

タマ

……お墓とかは、作られてないのですか?

ユラ

あるのかもしれません。しかしソレは父の領分、情報は掴めていません。……だからといって何一つ、私の怠慢は言い訳できないのですが

タマ

しかし……それならば、ちゃんとこのモニュメントは役割を果たしてくれていますね

ユラ

……

タマ

だからこそ――参席は今、ここにおられるのですから

ユラ

……そう、かもしれない。うん……その通りだ――

1人の名を指でなぞったユラ。

それから、振り返る。

ユラ

すまなかったな

タマ

……え?

ユラ

痛かった、だろう? 当初、私は君に酷い仕打ちばかりをした。果てに……君は――

タマ

いえ、参席が、謝罪の言葉を使うことでは……。ブランドレスの私があの時、最も有用でいられる最適解だって、急いた結果ですし……他の皆様だったらもっと賢明な立ち回りもできた――

ユラ

いいや事実として君だけだ

石碑をバックに、ユラは素の強い口調で、彼女に言葉を晒す。

ユラ

君だけが、私の理解者なんだ

タマ

…………

ユラ

君は、私を筆頭とした黑稜という世界で、心をズタズタにされた。懺悔の意味も、あるんだよ。ここに来たかったのは……

再び、石碑と対峙する。

見逃すことのないその名に、今度は額を密着させて……静かに、落とし込むように、言葉を晒す。

ユラ

お母さん、この人が今、私の一番大切な人なんだ……そして私の、大罪の、結果なんだ

タマ

…………

ユラ

お父さんのこともある。金閣のこともある。XenとかWKBとか、色々と思うことはある……けど、最優先は、贖罪だと思う。この子だと思うんだ

ありのままの想いを、晒す――

ユラ

もし、まだ私とあの人のことを想ってくれているなら……どうか――

ココア

……ウミナリさん、ここって……

ウミナリ

まあ、オススメスポットに上がってるわけがない場所でしょう。しかし貴方まさか、此処のことが何も分からない、なんてほざきませんよね?

ココア

……多少、知ってます。推測混じりですけど

2人からかなり大きく距離を作って、もう一方のカップルは立ち止まっていた。

ココアは動揺していた。

親友から聞いたばかりの、ユラの家に落とし込まれた1つの闇。それに肉薄した場所であるのに違いないからである。

ココア

金閣事変、でしたっけ……

ウミナリ

ソレは首謀者金閣の事件をまとめた総称でしかありません。この場所は、その最も有名なケース、「金閣美術館襲撃事件」の現場である、現在封鎖されたままの美術館跡の隣に作られた、犠牲者と大事件を記録した公園です

ココア

……察するに、あのツララ先輩の前の石碑には……

ウミナリ

ええ。彼女の母の名が刻まれています

とてつもなく巨大で、洒落にならない情報。

フォローの役目も剥がれ落ちて、ただ呆然としつつも話を聞くしかなくなる。ココアは花壇を囲う煉瓦ベンチに腰を下ろした。ウミナリも合わせて隣に座り……話を続ける。

ウミナリ

……その頃かららしいですよ、「氷条の姫君」が生まれたのは。お父上のことはともかく、母親のことは最も大切な人だったのでしょう。ソレを考え得る限り最悪な形で奪った金閣、出動はしていたくせに母親を救えなかったWKBなど警察組織、そして母親ではなく会社を第一に心配したお父上への感情は、まぁ筆舌に尽くしがたいことでしょう

ココア

……………………

ウミナリ

だからといってお父上に反抗し続けているあの態度は藍澤の令嬢として過ちに違いないですが

ココア

……あの、私は……

ウミナリ

は?

ココア

私の家は。ツララ先輩に、何かしたんでしょうか? ちょっと、気になってて……対立関係にあるとか、何とか聞いたから……

ココアは唐突に今、そのことが気になっていた。

全く別業界である藍澤家と井伊家、それが繋がるとしたら……そしてもし繋がってしまっていたら? ソレは殆ど恐怖に違いなかった。

ココア

私、ツララ先輩のこと、全然知らないんだって思って。勿論、こんなの妄りに知りたがるものじゃないのかもしれない、距離感の大切さとか黑稜で過ごしてたら嫌でも思い知りますし! だけど……

ウミナリ

…………

ココア

それでも、何だかあの人のことは。私はもっと、知ってなきゃいけない気がするんです。なのに何にも知らない、っていうのが……何よりも、怖い――

ウミナリ

……確かに、貴方はもっと知っていていい立場でしょう。確かなことは言えませんが、我が主との関係はもっと考えて振る舞うべきです。……もっとも、私もその辺りは今イチ判然としていないのですが。むしろコッチが聞きたいぐらいの謎です

ココア

あ……そ、そうなんですか

ウミナリ

ただ……1つ1つの行動は、無かったことにはできない。進めば戻れないことは覚悟なさい。それだけは申し上げておきます

ココア

……………………

それは昨夜、自分の家政婦にも示された警告であった。

――その先には、覚悟が要る。

ココアは頷く。そもそも今この場に踏み入った時点で、戻れないのだと。

ココア

選びます。私は――前を向きたい。タマ先輩とも約束したから

ウミナリ

…………

ウミナリには、この令嬢の覚悟とやらを受け取る必要は全く無い。

が、至近距離なのもあってしっかりと受け止めてしまった。彼女もまた、主の姿を見詰める。

ウミナリ

……取りあえず、貴方がハッキリとさせておくべきなのは本人同士の関係でしょう

ココア

え?

ウミナリ

ぶっちゃけ今の我が主はただのアホですから。何も考えてませんよ。故に、余計なしがらみを考慮せずに本音を聞けるでしょう

ココア

……ツララ先輩の、本音……

ウミナリ

たとえ愚かにも無知であったとしても、これまで我が主のありのままを一番受け止めてきたのは貴方ですよ。前を向くために、後ろも振り返りなさい

ココア

……ウミナリさん

ウミナリ

信頼できるのは過去――すなわち事実のみです

ウミナリは立ち上がり、止まることなく去って行った。

……少しして、遠くで時間を共有していた2人も戻ってくる。

ユラ

……ん? アイツは?

ココア

えっと、帰っちゃいました。えへへ、あんまりウミナリさんとは仲良くなれなかったかなぁ

ユラ

いや……アイツを終日連れ回したってだけで君は世界記録保持者だ。存外仲良いと思うぞ

ココア

そ、そうなんですか。……それで、えっとぉ……

ユラ

ああ、お開きにしようかなと。こんなとこまで附き合わせて悪かったな

ココア

……いつも四字熟語でお世話になってるから、チャラですよ。あ、でもタマ先輩には後日お詫びのお菓子をいっぱい用意します……

タマ

いや、むしろ私が申し訳無かったよ……? ココアちゃん本当、心身共に大丈夫……?

ココア

あははは……

ココアは笑顔で誤魔化した。

心身確かに限界に近い。家に帰ったら手洗いしてから爆睡してやろう、とか思ったり。

しかし、近いうちには必ず――

ユラ

…………

ココア

(ツララ先輩は、私のことを――)